管理統括本部人間部人間課 課長
近藤浩幸様株式会社日阪製作所

1942年の創業以来、社訓「誠心(まごころ)」をモットーに、衣・食・住・医薬・環境・エネルギーなどあらゆる産業分野における「今日を支える技術」を世界へと届けている日阪製作所。新たな挑戦と自分の可能性を広げることを行動指針として掲げる同社では、2015年に初めてパラアスリートを採用。今では社員だけでなくその家族にも応援の輪が広がり、予想していなかったほど大きな波及効果が生まれている。そこでパラアスリートの採用を担当する管理統括本部人間部人事課課長の近藤浩幸氏にインタビュー。採用のきっかけや、パラアスリートの影響の大きさなど、話を伺った。
Qパラアスリートを採用しようと思われたのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?
弊社が初めてパラアスリートを採用したのは2015年になりますが、当時弊社は障がい者の法定雇用率が満たされていない状況にありました。そこで障がいのある方を採用しようという話があがっていたちょうどその頃、つなひろワールドさんが弊社にお越しいただく機会がありました。そこでパラアスリートの雇用形態にはいろいろあり、企業と選手の希望に沿った形での雇用の仕方があることや、パラアスリートを社員に迎えることで企業にどのような影響をもたらしてくれるのかという意義について詳しくお話をいただいたんです。また、セカンドキャリアについてもお話がありまして、つなひろさんとしては選手と企業とが長い関係を構築していく形の採用をサポートしていきたいということだったのですが、それが弊社としても共感できたことも大きかったです。パラアスリートの方が私たちの仲間になっていただくことによって、社内の文化や社員たちの価値観においてもいい影響を与えてくれるのではないかという期待もあり、2015年10月にパラフェンシングの櫻井杏理選手と、パラ水泳の選手だった中村智太郎選手(当時)の2人を社員に迎えました。
Qパラアスリートを採用するにあたって、どんなお考えがあったのでしょうか?
まず障がいのある方を雇用することを決めた際、障がいと言ってもさまざまで、しっかりと理解度を深めるためにも1人ではなく2人を採用したいと考えていました。さらにつなひろさんからのアドバイスもありまして、当社としても初めての障がい者雇用でもありましたので、まず一人はすでに実績があるアスリートがいいのではないかということで、すでにパラリンピックのメダリストでもあった中村選手ということになりました。一方、もう1人はこれから頑張っていこうというアスリートを後押ししていきたい、という思いもありましたので、当時はまだ実績がなかったものの、今後の活躍が期待できる選手を採用しようということになりました。そこでつなひろさんからご紹介いただいたのが、櫻井選手でした。当時はまだ車いすフェンシングを始めて間もない頃でしたが、当社としては親和性のある関西在住のアスリートでしたし、しかも女性で1人で頑張っているという状況でしたので、中村選手との男女の比率や実績、年齢のバランスを考えても、櫻井選手を採用しようということになりました。
Q実際に採用後、大変だったことはありますか?
当時は当社もまだ障がいのある方が働く環境をしっかりとは整備できていませんでしたので、まずは一つ一つ働く環境を整えていくというところからスタートしました。その際、やはり2人採用して良かったなと思ったのは、その人によってニーズが異なるという点に気づくことができたことでした。例えば、デスク一つとっても、もともとあったものでは、車いすユーザーの櫻井選手にとっては電話を取るにも低く、高いものを用意しました。一方、両上肢欠損の中村さんは足で電話を取りますので、そうすると足を上げるには逆に高くて取り辛いとなったので、低いデスクに替えました。もちろん、もともといろいろと変えていく必要があるだろうことは漠然と頭にはありましたが、やはり細かいところまでは気づくことができていませんでしたので、本人たちに話を聞きながら一緒に働きやすい環境を整えていきました。ありがたいことに、2人ともストレートに「こうしてほしいです」という要望を言ってくれましたので、当社としてもとてもやりやすかったです。
Qパラアスリートを採用して、良かったと思えたことは何でしょうか?
当社の社員のほとんどが、パラリンピックやパラスポーツを知らなかったのですが、身近に選手がいることで、関心が深まっていきました。実際に練習している姿を見たり、大会会場に観戦に行くことで、選手たちの大変さもわかってくるようになり、社内に応援しようという空気が少しずつ広まっていったんです。そうすると、社員のお子さんも興味を示してくれて寄せ書きも書いてくれるなど、思わぬ波及効果も生まれています。アスリートは試合よりも練習をしている時間の方が圧倒的に長く、勝つために日々努力しています。アスリートを雇用することで、そういうこともわかってきて、より応援する気持ちが高まってきたように思います。
Q現在は、櫻井選手と、2022年10月に入社した車いすバスケットボールの斉藤貴大選手の2人をアスリート雇用されています。どのような勤務形態をとっているのでしょうか?
櫻井選手については、もともとは短時間勤務という形で通常は週5で朝から夕方まで社内で業務を行い、その後に練習の時間をとっていました。大会が近づいてきて練習時間を増やしたいという時などは勤務の頻度を減らすという風に臨機応援に対応していまして、合宿や海外遠征、大会などで会社に来られない時は、出張扱いにしていました。ただ国内では車いすフェンシングの日本代表選手が女子では櫻井選手1人で、練習相手を探すこともままならないという厳しい状況にありましたので、より高みを目指したいということで2018年からロンドンを拠点にしています。おかげで東京、パリと2大会連続でパラリンピックに出場するという成果をあげました。現在も引き続きロンドンを拠点にして、2028年のロサンゼルス大会を目指して頑張っています。拠点をロンドンに移す際には、社内で彼女の勤務形態について議論しました。もちろんさまざまな意見があったことは確かです。ただ、アスリート採用を決めた時から、こういうこともありきで話をしていましたし、国内の環境では競技者として難しいということも理解していましたので、週5で勤務しているのと同じような扱いにしています。最終的に社内の理解を得られたのも、それまでの櫻井選手の努力を間近で見てきていたからこそだったと思いますし、櫻井選手ともふだんからしっかりとコミュニケーションを図っていたとことが大きかったと思います。
2022年に新しく当社に迎えた斉藤選手につきましては、中村さんが退社することになり、櫻井選手も海外にいるということで、なかなか身近にアスリートと触れる機会がなくなってしまったことがきっかけの一つでした。当社としては競技の第一線から退いた後も勤務しながら競技を続けていくというふうに、アスリート雇用の社員にも通常の社員たちと同じく長くお付き合いする関係を構築したいと考えています。そういうなかで、斉藤選手も長く当社で働きたいという気持ちを持っていたため、お互いの考えが一致し、採用に至りました。現在、斉藤選手はロサンゼルスパラリンピックを目指して、まずは来年強化指定選手に復帰することを目標に、競技に力を入れています。ただ先日本人と話をしまして、年齢を考えても第一線から退くのはそう遠くはないだろうと。その後、すぐに通常の業務をスタートするというのは難しいと思いますので、この春からは週に1回来社して少しずつ仕事に慣れていきましょうか、という話になりました。その方が社内で斉藤選手の存在が身近に感じられて、社員たちもより応援したいという気持ちになるのではないかと考えています。
Q所属アスリートの応援の輪もどんどん広がっているようですね。
パラリンピックには、2016年のリオデジャネイロ大会の時に当社に所属していた中村さんが出場するということで、当時パラアスリート採用担当だった私の前任の者と、櫻井選手の2人が現地に応援に行きました。櫻井選手については、中村さんの応援とともに、自身が目指している舞台を直接見てきてほしいという気持ちもあったのですが、実際に大きな刺激を受けて帰ってきまして、東京パラリンピック出場へとつながりました。そして昨年のパリパラリンピックには、前回の東京大会には無観客で応援に行けなかった分も当社から櫻井選手の応援に行こうということで、社内で希望者を募りまして抽選で選ばれた10人が現地に行きました。正直最初は観光気分だった社員もいたようですが、フェンシングの本場であるフランスの応援がすごく、また櫻井選手をはじめアスリートたちの戦う姿勢に感銘を受けて、社員たちも日ごとに応援に熱が入っていったようです。櫻井選手が負けた時などは、社員も「悔しくて眠れなかった」と言っていたくらいでした。帰国後も「もっと現地に応援に行きましょう」という話になりまして、今年は斉藤選手の応援に、天皇杯が開催された東京体育館まで23人の社員たちが駆け付けました。今後も社員が所属アスリートを応援することで、社内の横のつながりも広がっていくことを期待しています。
Qパラアスリートにおけるセカンドキャリアについては、どのようにお考えでしょうか?
当社としては、もともと長期的な関係を築いていきたいという考えがあるため、第一線を退いた後も、ぜひ当社の社員として頑張ってもらいたいと思っています。ただ、せっかくアスリートとして競技に深く携わってきた選手たちですので、普及や育成という部分で大事な人材だと思います。ですから競技から完全に切り離すのではなく、当社の新しい業務としてそういう部分にも携わっていく形も考えていけたらと、今は漠然とですが、そんなふうに思っています。もちろん、本人たちともしっかりと話し合っていくことが大前提となりますので、これからもコミュニケーションを大事にしていきたいと思います。
(2025.02)